ikko-san's

シェアハウスとかそこらへんのおはなし

漫画家の木星在住(小野亮平)がテレビに出る

漫画家の木星在住(小野亮平、33)がフジテレビのザ・ノンフィクションに登場する。

 

ピクシブコミックで今日たまたま見てて、オマケ漫画がすごく興味深かった。

 

漫画書きたい→親に高校入れと言われる→

中退して漫画書く→人生経験不足で書きたいものない→芽が出ない→同人誌で稼ぐ→一念発起して600ページのネーム書く→ボツになる→ウェブ漫画として色々なところへ掲載する→単行本化してくれる出版社見つかる→ウェブ掲載は続けたいので原稿料が貰えない→経費削減のため

マイクロソフト Surface Pro 3(Core i5/128GB/Office付き) 単体モデル [Windowsタブレット] MQ2-00015だけ持って、フィリピンの離島に渡る→初日に事故る→現地の人と友達になる→現地の友人が仕事ないため出稼ぎに行くことになる→友人と一緒に島でダラダラしたい→友人仕事をつくるため現地にホテル建てようとする→土地代金で400万円必要→漫画の印税100万円程度だと難しい。→ゲーム開発を思いつく→ ゲーム開発環境が必要→たまたま昔書いた成人コミックの印税が入る→たまたま成人コミックのときの編集者とスナックに行くと、スナックのママが知り合いのお好み焼き屋が店を畳むことを教えてくれる→印税でそこを借りてしまう→昼はそこをゲーム制作のための作業場、夜は飲食店を始めてしまう→飲食店の準備に1年→飲食店開業、ゲームは近日公開予定

→忙しくて?漫画が書けない→なぜかフジテレビから1年の取材入る→ザ・ノンフィクションの放送が今日

 

全国ネットではないので見れない人はティーバーで見れるよ→見れませんでしたゴメンナサイm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室的店

だらだらプレイスについてお店での運用方法

男女で会話することに躊躇するひとがいる。

男性は男性専用のスペース、女性は女性専用のスペースでだらだらする。

そして共用のスペースをつくる。

エントランスを2つにわける。

 

男女間の出会いを求める人は共用カフェスペースでだらだらするかしゃきっとする。

高校時代の弓道部の部室がまさにそうで、

弓道場を通り、それぞれの部室ですごす。

練習の際は共用スペースである練習場で練習し、個々に交流をもつ。

 

 

「皆でだらだらできる場所づくり」

「皆でだらだらできる場所づくり」

このエントリを見て、自分はだらだらプレイスが好きで、

そういう場所を作ったのだなと思った。

 

自信を振り返ってみると、小学時代は友達の家、中学時代は塾・神社

高校時代は図書館・部室、大学時代は24時間稼働のパソコン室

社会人になってそういった場所はなく、仕事を辞め、シェアハウスを立ち上げ、

お店を始めたのは、自分がだらだら出来る場所を作りたかったからだと思う。

 

だらだら空間でのだらだらから生まれる交流、ひらめき、満足感、開放感、生産的ではない空間こそがなにかを産み出すような気がする。

 

訪れる人から「先輩の家に遊びに来たみたい」という謎の形容を受けていたが、それは的を射ていたということだ。

 

また、僕の店はけっこう時間に余裕のある店であり、お客さんから「お客さん来ないね」と言わるるが、僕がいてお客さんがだらだら出来ているうちは問題はないと思う。

ツチヤタカユキ「笑いのカイブツ」

宇部市TSUTAYAで購入

まっすぐでカッコいいお話

 

内容は長くはないので立ち読みで済ませようかと思ったが

作者の境遇やまっすぐさに心うたれ購入

 

こんなに愚直にまっすぐに純粋に

 

「ツチヤタカユキ」という名前にどこか聞き覚えあり手に取る

裏表紙の見返しで「人間関係不得意」とあり合点

SNSでよく流れてくるラジオ職人の名前だった

 

ちなみにケイクスの有料会員であれば同じ内容で読めるらしい

 

笑いのカイブツ

笑いのカイブツ

【映画】きっとうまくいく

友人のエントリで進められていて、個人的に気になってもいたので見た。

 

インド映画とは思っていなかった。教育とか夢とか就職とか恋愛といったそういう大学生につきものの話をコメディでまとめてあり面白かった。作中で鉛筆やテストのアメリカンジョークも使われてて、アネクドートやアメリカンジョーク好きの自分としてはそのポイントも楽しめた。

 

一緒に見てた人がミュージカル好きなんだけど、インド映画はいきなり歌いだすから意味が分からないと言っていた。話し合いの結果、インドミュージックの曲調はインドのそれに馴染みがない僕らにとって喜怒哀楽が受け取りにくいからではないかということに落ち着いた。
作中に登場人物が入院してそこを励ますシーンがあるのだが、笑っていいのか、感動すべきなのか、悲しむべきなのか(もちろん個人では好きに受け取ればよいのだが)。ここがわからないために、歌いだしが唐突に感じるのかもしれない。日本や西洋音楽に慣れていると悲しいシーンに相応しいそれぞれの音楽がなんとなく理解できる。インド音楽に慣れてないと悲しいシーンのあとにインド音楽が流れても、悲しいシーンは日本や西洋的な頭で理解した後に、曲調の理解や経験の浅いインド音楽が流れてしまうと、馴染んだ価値観のあとのお約束がちょっとずれる感じがしていきなり歌いだしてしまう感じが出てくるのかなと。
とにかく良い映画でした。3時間程度あるので、時間の余裕のある時に再度見返そう。

 

きっと、うまくいく(字幕版)